オイラが子供の頃、レコード再生に興味を持ったあの時代は管球アンプの時代ではなかった。金持ちの幼馴染のリビングには、豪華木枠で作られた卓上型ステレオ装置があった。すでにソリッドステートの時代であり、真空管のアンプには大人になるまで興味すら持たなかったものである。
真空管アンプを使いだしたのは、FALのスピーカーを使い始めてからだ。何せ古山のおっちゃんは球アンプで駆動するのを前提に設計したのだから、関心を持たざるを得ない。そして、自宅に様々な球アンプを迎えて試聴するようになった。
大括りな傾向を言えば、球はライブで石はデッドといった傾向を感じる。球のアンプは高域の響きが美しく、長く慣れてしまうと石に変えれば途端につまらなく感じてしまう。あの響きは魔物である。本来あるべきものじゃない気がするのだ。ある人は真空管のガラスの響きが乗っていると言った。本当ならまやかしと言わざるを得ない。
そうであってもオイラにとって心地よければ問題ない。よって、しばらく球アンプを使っていたのだが、ノイズに悩まされ手放すことになる。石に戻したときは響きが減ってガッカリしたものだった。しかし、石アンプでも球のような音を出す設計があることを知り、それを具現化したアンプを使ってみることにした。それが現用のJ2である。このじゃじゃ馬アンプは我がまま言い放題で苦労したが、故障はしていない。そして、本当に球アンプのような美しい響きが聴けるのである。
よって、オイラにはもはや球アンプは不要だ。ただし真空管が不要とは思っていない。実際、信頼し切っている日本オーディオのDACは管球式なのだから。